2011年3月20日 の説教



 聖書

ルカによる福音書 22章39〜53

説教要旨   内田樹さんの「寝ながら学べる構造主義」という本の最初に入門書とはどういうものか解説されていますが、その中で「知らない」こととは「知りたくない」という努力さえして避けていることなのだと記されています。主イエスが何度もご自身の十字架の死を予告していたのですが、弟子たちにとってはそれは知りたくない現実でした。オリーブ山での主イエスの祈りの際、弟子たちは眠ってしまいます。しかしその祈りが苦悩と悲壮な思いと決意に満ち溢れていたことは、悲しみの果てに祈れず眠りこけてしまった弟子たちにも分かっていたことと思います。

 かつて主イエスがご自身の十字架の受難を語ったことを諫めたペトロは「神のことを思わず、人間のことを思っている」と指摘されました。十字架における神の事柄。神が主イエスの十字架の苦難に、ひいては全ての人間の救いのことに関わる。全ての人間の命の復活のことにお関わりになられる。それが我等を愛する神の御心であったのです。

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