2011年3月20日 の説教



 聖書

ルカによる福音書 15章1〜10

説教要旨   本日の二つの譬えの話は幾つかの共通点があります。それは「捜す」「一緒に喜ぶ」「悔改め」等の言葉で、いずれも取るに足らないと思われるような一つが見出された時、「大きい喜びが天にある」という言葉で結論づけられます。

 ドラクメ銀貨
10枚を持っている女性のたとえで、この女性は失くした一枚の銀貨を必死に捜し求めます。デナリオン銀貨等と等価で一枚はぶどう園の労働者一日分の賃金当たりとなりますが、それは大金という訳ではないのだけれども、捜し当て見つかったときは近所の人々と喜びを分かち合うほどのものであった、と示されます。もうひとつの譬え話で100匹の羊を所有している羊飼いの羊の内、1匹を見失った。彼は99を野に放置してまでこの一匹を捜し求めます。

 
これらの譬え話を主イエスはファリサイ派や律法学者に致しました。彼らは主イエスが徴税人や罪人と食事を交えているのをやっかみ、妬んでいた。その食事はそれほどに楽しいものと映ったのでしょう。彼らが主イエスの譬えを聞いても恐らくはピンと来なかったと思われますのは、一枚の銀貨にしても、一匹の羊にしても、懸命に捜し当てて共に喜ぶほどの価値あるものかと思ったからです。しかし主イエスは神様と人間との関係において罪に敗れた小さき人間を悔い改めに導き、見出し大いに喜んで下さる神様の愛深き姿を見習うようにこの人々に求めていたのです。

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