2011年3月20日 の説教



 聖書

 ヘブライ人への手紙 3章1~6節

説教要旨   主イエスの誕生の出来事は私たちがこの聖家族の一員として体感するように聖書を読むことが大切なことだと思います。人口調査の登録のためにベツレヘムに来たマリアとヨセフの夫婦の様子、ヘロデ大王はどのようにして来るべき新たにお生まれになるメシアを探索し、その命をつけねらったのか。ああ聖家族に迫る危機、彼らは荒れ野を渡り、エジプトに逃げていった、その旅路を辿る思いを私は幼稚園の頃「月の砂漠」という童謡とともに絵本を読み聴かされ、赤ちゃんイエス様を抱えた、マリアとヨセフの姿がらくだに乗ってゆくさまを想像しました。

 しかし後にイエス様は母マリアが会いに来たとき、私の家族とはここにいるみんななのだ、という(マルコ3章34節)。そう言う時がくる。そのときマリアはどんな気持ちがしたでしょう。きっと心に重いくさびを打ち込まれたような気がしたに違いない。けれども、母マリアにはよく分かる。イエスは新しい家族をつくろうとしているのだということが。それは分け隔て無く世界に広がる、主イエスの広い家、まことに広い家族なのだと。

 
聖書ではこの世界をお造りになったのは誰か、という問いからはじまるのです。それは神様だ。神様の家で私たち人間は暮らしている。「どんな家でもだれかが造るわけです。万物を造られたのは神なのです(3章4節)。」主イエスは神の子として神の創造に忠実に従う者として導きを受けた。「キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし確信と希望に満ちた誇りとを持ち続けるならば、わたしたちこそ神の家なのです。(3章6節)」キリストと家族となった私たちもまた神の家なのだと示します。

 
関連する聖書箇所には第一ペトロ2章4-5節に「この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。」あなたは神の家だと。そこに集う人もいずれは自分自身が神の家となる。そのように生きた石として用いられていく。神の家の一部であり、あるいはあなたの中に神の宮がある。それをどちらであると考えてもいいでしょう。結局は同じ事を言い表すのですから、要は、そのようにあなた自身が神様の一部となる、ということです。そして聖家族の一員であること。イエス様の物語の中で、また後に主イエスに宣言され、あなたも私の家族、神の家族であると。そしてあなたのいる場所ここにこそ、あなたがたの間に、神のみ国が実現される(ルカ17章21節)、という主イエスのみ言葉を思い起こして愛の心深く豊かに、信仰の道のりを歩んで参りたいと強く願います。

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