2011年3月20日 の説教



 聖書

 ルカによる福音書 1章57~66節

説教要旨   洗礼者(バプテスマ)のヨハネはヨルダン川で人々に悔い改めの洗礼を施していた故この名がある訳ですが、それはルカ3章3節によれば「罪の赦しを得させるため」の洗礼を宣べ伝えていたのです。「罪の赦し」を行われる方は、ただ一人、主イエスによってでありますが、「あなたの罪は赦された」と語るイエスをユダヤの律法学者やファリサイ派の人々は「罪の赦しを与える権利がこの人にあるのか」とか「神を冒涜している」と言って攻撃しました。そこでユダヤ人たちにも自明なのは「罪を赦す権限」とは神のみにしかないと分かっているのです。ヨハネによれば「罪の赦し」は来るべきお方による「聖霊による洗礼」によることが大事だ、と示します。3章16節で「その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる」と語っています。ヨハネはイエスの先行者として「水による洗礼」を行う者として遣わされています。この「水」は罪の清めのしるしとして、悔い改めのバプテスマをもって来るべきお方の宣教の道備えを為す、という理解です。

 ところでこのヨハネという名前は、そもそもザカリアとエリザベトの夫婦にとっては聖霊に示された名前でありましたけれども、ヨハネの生まれた当初は周囲の人々から別な名前をつけられようとしていました。しかしエリサベトは実に毅然として「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言ったのです(1章60節)。更にザカリアもまたそれに同意した上、聖霊の力によって神を賛美し始めた(63-64節)。

 エリサベトが毅然としてこの名前の示しにこだわったのは、不妊の女性であった彼女に天使が示し聖霊が働きかけて子を与え、彼らを喜びに満たしたからでした。ヨハネ(ヘブライ語ではヨハナン)という名前は「主は恵み深い」という意味であり、またこの夫婦に与えられたその子はイスラエルの人々を神のもとに立ち帰らせ、希望を与える役割を担うとされる、それは彼らにとっても何と誇り高い、慰めに満ちたことだったかと思います。

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