2011年3月20日 の説教



 聖書

 ヨハネによる福音書 14章15~27節

説教要旨   今日の礼拝はペンテコステ(聖霊降臨日)を覚え、キリスト教会の誕生の経緯を心に留めます。

 イエスの弟子達は、天に昇られるときイエスが「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける・・・(使徒言行録1章8節)」と語られた言葉に堅く信頼し、ひとつところにあって、聖霊が与えられることを待ちました。その聖霊の力とは、一つには「“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした(同2章4節)」というものでした。イエスが先の1章8節の続きに、「・・・エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」と言われたように、地中海一帯の伝道のための諸国の言葉を語る力が与えられたのです。

 本日私たちがヨハネによる福音書で受ける聖霊のイメージはもう一つ重ねて、「弁護者」「真理の霊」として弟子達に与えられたものでした。「父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である(ヨハネによる福音書14章16-17節)」。この弁護者(パラクレートス、助け主)は世を去るイエスの代りに弟子たちと共にいてイエスの言葉を思い起させる力であります。

 また「わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す(ヨハネによる福音書14章21節)」との言葉は、はっきりとイエスの愛の掟と、それを守る人の内に、聖霊が働くことが示されています。

 イエスの愛の関係に生きる人には、20節にあるように、「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」と言っています。イエスの愛を自分の中に住まわせることとは即ち主イエスが私どもの心の内に生きている、ということです。生きて働いている。生きて助け主として働きかける。聖霊という言葉の意味がここにいよいよハッキリして参ります。それは私たちの内なる愛の心を助けるように働きかける神の力なのです。

 聖霊は、愛のみ言葉を私たちの心の内に思い起こさせる。イエスのことを思い起こす。ペンテコステのとき、イエスの弟子達もかつてイエスが彼らに教え示した神の愛の言葉を思い起こしたのであります。私たちも神の言葉によって、この愛の思い、神の愛によって突き動かされた日々を思い起こし、聖霊の新たな働きかけに委ねて進んで参りたいと思います。

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