2011年3月20日 の説教



 聖書

 ヨハネによる福音書 3章1~15節

説教要旨   今日の花の日・こどもの日の礼拝の聖書にありますお話はニコデモという人が主イエスに聞いてくる場面からです。 

 ニコデモはイエス様あなたはどうしていろいろ不思議な力をふるうことができるのですか、あなたは神のもとからやってきたのでしょうか、そういうふうに聞いてきます。イエス様は「人は新たに生まれなければ神の国をみることはできない」と言われました。ニコデモはびっくりしました。新たに生まれるなんてことはできっこない。今からまたおかあさんのお腹の中にもどれとでもいうのか、と。

 イエス様のこの「新たに」という言葉には、三つの大事な意味があります。一つは「再び」ということです。みんなもリサイクルという言葉を知っていると思います。古い物を再利用して新しく作り直す。もう一つは上から、という意味。これは神様から、と言い換えても良いでしょう。そして更にもう一つは、「根本的に」という言葉です。神様から根本的に。そういう意味でこの「新しい」という言葉があります。新しいという言葉には神様が根本的に私たちの生活を変えるよう関わられる。当時イエスさまのお話を聞いた人はこういうことを言っていました。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。(マルコ 1: 27)」そこには神様が根本的に私たちに関わってくるそういうお話、教えをイエス様は教えられた。生まれ変わる、ということは、イエス様の教えによって心を新しくするという意味なのです。

 イエスは「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。…風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」イエスさまは霊から生まれた者を「風」にたとえられました。イエス様はここに一つの意味を込めています。聖霊という、イエス様のお弟子さん達に与えられた力、神様そのものの力です。この聖霊の力が与えられる時、風が吹くような強い力がその場にのぞんだのです(使徒2章)。この力は人間にはわからないものでしたが、それが与えられて新たに生まれた者があった。イエス様のお弟子さん達です。心改まり、新しく再生した。神様から根本的に与えられた。そういう思いが人を新しくしていくのです。それはこころが変わる。生き方が変わる。何よりも神様を信じるこころに変えられていく。そういう新しさです。ニコデモはイエス様にこのことを教えられたのです。

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