2011年3月20日 の説教



 聖書

 ヨハネの黙示録 21章1~4節

説教要旨   今日の黙示録の言葉はこう始まっています。「わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。・・・」最初の天と最初の地はすぎ去って行く。具体的には、当時のローマ帝国の支配の下、皇帝ネロやドミティアスの支配する世の中で、クリスチャンたちは厳しい迫害の現実にさらされていました。しかし彼らの暴挙に怯える日々、その迫害の大地は消え去る。海もなくなる。海は古代の時代にはそこにレビヤタンのような怪物、暴れ回る巨大な生き物がひそむ場所として恐れられていました。海そのものが得体の知れぬ化け物のように思われていた時代であります。ローマ帝国が君臨し支配するようになってからは、地中海はその領有のもとに服し、つまりはローマの恐怖という言葉に書き換えられるものなのでしょう。しかしその海さえなくなった、という。

 そして新しい天と新しい地を見た。苦難の教会の時代を過ごすクリスチャン達に希望が示されます。新しいエルサレム、それは聖なる民、神に信頼をおく民がまるでキリストと結婚するように幸せの中におかれる。神が人と共に住まれる。これほど心強いことはない。人は神の民となる。これほど希望に満ちあふれることはない。神がわれわれと共におられる。マタイ福音書1章23節のあのクリスマスの出来事でみ子イエスにつけられたもう一つの名前、インマヌエルです。神がわれわれと共におられる。この信頼に生きることです。

 黙示録の預言者ヨハネにとって急務だったのは、教会で苦難の中にある人々、もはや希望尽きて神への信頼尽きて、涙の川が出来てしまった、クリスチャン達、ひとりひとりの頬を伝わる涙をぬぐい去ることでした。しかし預言者自らはパトモスを一歩もでる状況にない。常に迫害者の魔の手が迫る。けれども、このメッセージは伝えなければならない。神が自ら、あなたがたの涙をぬぐう方であり、あなたがたの死を滅ぼされる方であり、あなたがたを喜びでみたすお方であると、。そのように信じる信仰に生き続けるように。決して挫けないように。希望は将来にわたって常に有効であることを。

 ・・・神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」黙示録の著者が見ているのは、このローマ帝国の支配に浴している苦難の教会の背後に神の守りが見えている、という現実です。

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