2011年3月20日 の説教



 聖書

 マタイによる福音書 16章13~28節

説教要旨   イエスさまはその伝道のご生涯のはじめに、荒れ野で悪魔に試みられる、ということがありました。・・・悪魔はイエスに世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せ「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。すると、イエスは「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』・・・(マタイ4章8節)イエス様はここでハッキリと悪魔に対して「退け、サタン」という言葉で退けられています。この「退け、サタン。」という言葉ですけれども、これは私たちの耳に受けるのには大変厳しいことばです

 今日のところでペトロはイエス様に「あなたに天国の鍵を預けるよ」と言われたときには、とても嬉しかったに違いない。イエス様に信頼された、という気持ち。けれども、その一方で少し居丈高になったペトロは、イエスさまに意見する者になった。21節でイエス様ご自身が十字架の死と復活を予告する場面ではペトロは主イエスをいさめました。「・・・とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」イエスはペトロに「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」この言葉は、先の荒れ野での「退け、サタン」と同じで「神のことを思わず、人間のことを思っている」ペトロを叱る言葉であります。そもそも主イエスから「あなたは幸いだ。(17節)」と言われたペトロ、この幸い(マカリオイ)は山上の説教(マタイ5章)にもある最上の栄誉です。しかし同時にペトロは主イエスの最も忌み嫌うサタンとも呼ばれる。ここに人間の緩急がある。そういう現実を私たちは知らされる。

 けれども、主はそういう人間というものを見捨てたのか。十字架上での主イエスを見捨てた弟子たちを見限られたのか。決してそうではない。18節でイエス様は「あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。」そもそもヨハネ福音書1章42節で、イエスは既にペトロのことを「ケファ(『岩』という意味)」と呼んでいる。最初から主イエスはペトロという岩の上に教会を建てることを信頼しています。彼はその上に建てられた家が倒れてしまうような砂地ではない。岩です。そこに主イエスはペトロを「わたしのこれらの言葉を聞いて行う者(マタイ7章24節)」と信頼している。私たち人間の上に教会を建てる、というのです。様々な人間的な失敗、欠け多い器である私たちを神は信頼し神のみ言葉を託して下さる。聖フランチェスコが愛した第一ペトロ2章5節「あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。」とある如く。

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