2011年3月20日 の説教



 聖書

 マタイによる福音書 28章1~10節

説教要旨   私たちの教会ではイースター前の早天祈祷会で「神の愛の再確認」というテーマのもとにヨハネ福音書の14-15章を読み、ここに主イエスと父なる神の愛(アガペー)が示され、この関係の中に私たちが入り、神の愛の関係をまねぶように招かれていることを学びました。そこで思いますのは、ヨハネ福音書3章16節に「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」とあります。

 ここに、神が世を愛するためにイエスを与えられたという言葉が出てくる。

 十字架と復活という愛の手段によらなければ世を愛しつくすということができなかった。神はここで愛するみ子を十字架につける苦しみを通して私たちを救うのです。愛することには必ず苦しみが伴うのです。

 私たちの世にはさまざまな苦しみが渦巻くのですけれども、他者のために苦しむことも、自分のために苦しむことも、愛のための苦しみなのです。何故苦しむのか。それは苦難と恐れの果てに喜びを世に備えて下さる神のみ手の働きが、復活という出来事に見えているからなのです。

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