2011年3月20日 の説教



 聖書

 マルコによる福音書 1章1~8節

説教要旨   バプテスマのヨハネについては、通常イエス様に洗礼を授ける場面が描かれますが、聖書の画家レンブラントは「バプテスマのヨハネの説教」という絵を描きました。ヨハネは手を差し出して何か教えているかのようです。周りには無数の人々が群がっています。一部の人たちは熱心に耳を傾け、またこのヨハネのすぐそばに横たわっている多くの病人たち、あるいは貧しい者、裕福な人たち、何事か商談をなしている人、子ども、老人、兵士、ファリサイ派のような人々等等。

 ヨハネがこの時語っていた言葉は聖書に幾つか残っていますが、もっとも激しい言葉は、ファリサイ派やサドカイ派の人々に向けられました。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。…斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる(マタイ3:7以降)。」マルコ6章にはヘロデ・アンティパスが出ていますが、スキャンダラスな王の公然とした支配に対して痛烈な非難を浴びせたゆえ、ヨハネは牢獄に繋がれ首をはねられてしまいます。ラクダの毛衣をまとい、蝗と野蜜を食料にした荒れ野の預言者ヨハネの様相はこのように激しく険しいものと示されている。

 しかしレンブラントの描くヨハネの横顔は、あまり厳しい姿ではない。どちらかというと逆に優しい、憐れみに富んだ様子をして、一人一人に語りかけている様子が見える。それは、そもそもヨハネに示された預言書イザヤのメッセージそのものではないか、と思えてなりません。

 …預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」この2‐3節は出エジプト記23章20節、マラキ書3章1節、イザヤ書40章3節の合成と言われますが、そのイザヤ書40章の1節はこう始まります。「慰めよ、わたしの民を慰めよとあなたたちの神は言われる。エルサレムの心に語りかけ彼女に呼びかけよ 苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを主の御手から受けた、と。」このイザヤ書40章は、バビロニアに奴隷として連れて行かれたユダヤの人々に解放を告げ知らせ、慰めと励ましを語るところです。

 ヘンデルの「メサイア」にはこのイザヤ40章の各節が歌詞として次々と歌い始められていきますが、そこには苦難の中にある人々悲しみ憂い深い人々の、まことの慰め主であるイエス・キリストが与えられたとの思いと見ることができます。このクリスマスを待ち望む日々の希望と喜びに全ての人が与るために。

礼拝の説教一覧へ戻る