2011年3月20日 の説教



 聖書

 ヨハネによる福音書 15章1~11節

説教要旨   本日示されたみ言葉はヨハネ福音書15章1節「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。」イエス様はご自身をブドウの木、そして一人一人の人間をブドウの枝・実に、農夫を父つまり神とたとえているようです。そして「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。」とあるように、神は人間とのつながりを求め、また一人一人が実を結ぶように願っています。

 戦後の東ドイツプロテスタントの指導者であられたシェーン・ヘル牧師は捕虜として収容所に収監されていた時代、収容所の中に神学校を造りました。ミュンヘンの教会本部で得意になって、この話をし、わたしもいささかの成功を収めることができたと語ったとき、それを静かに聞いていたミュンヘンの教会の指導者である監督が、「若い兄弟よ、キリスト者に成功はありません。キリスト者は実を結ばせていただくだけです」と教え諭した。キリストにあって実を結ぶことは、9節にあるように「主イエスの愛にとどまりなさい」との示しであるが、こうしたことも、功名心が伴うことなく、「キリスト者は実を結ばせていただくだけ」との思いを確かなものとしてまいりたいと願います。

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