2011年3月20日 の説教



 聖書

 使徒言行録 16章16~24節

説教要旨   本日の聖書16節に「・・・占いの霊に取りつかれている女奴隷に出会った。この女は、占いをして主人たちに多くの利益を得させていた」とあります。占いの霊とはどういうものなのかハッキリとはさせていませんが、パウロはそれを追い払いますから、いわゆる悪霊つきのような脈絡であるのかもしれません。ともかく注目すべきは、この女性が占いをして多くの利益があがったが、それを意のままに操って金儲けをなしていた主人たちがいたと16節にあります。この女性は奴隷として最低限の生活を保障はされていたけれども、生かさず殺さずの扱いを受けていたに相違なく、また彼女のあがりの全てはその主人たちが分け合っていたのであります。

 この使徒言行録のパウロたちの時代に地中海世界を席巻しているローマ帝国という社会の中で、パックスロマーナというように、ローマ社会におれば自由で平和なのですよ、というような見せかけの安定がある。けれども、そのような見せかけの安定は、この社会に深刻な文明病のようなものを引き起こしていたのではないか。この聖書の記事には一方に占いが多額な利益をもたらすほどそれに頼る人々が増えるという社会情勢が示され、ローマ社会の中で自己目的もはっきりせずにある人々の満たされない欲望を何らかの形で代償するような事柄がこの占いによってもたらされ喜ばせていたのではないか。それは一時の癒しや夢を与えるものにはなったでしょうが、現実と向き合う時に潰えていく幻影に過ぎなかったのでした。

 翻ってみますとこんな科学の進んだ我々の時代です。文明が高度に発達した時代だと言われるのに、脱法ドラッグに依存しなければならないようなこころの闇を人々は抱えているのです。この闇たるや、まさに私たちのこの現代社会に蔓延した文明病です。人が人を人として見てゆけない時代、自分もまた自分で、自分が人であることを徹底できない時代。そういうところで人間がスポイルされだめにされてしまう。

 イエスの福音とりわけ十字架の贖いと復活の希望について宣教するパウロたちに出会ってしまった彼女は「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです」と示しました。主人たちの金儲けの手先になって、意に沿わない日々の中でやはり文明の病になっていた彼女もまた、自らがそう叫んだ通りに真実に解き放たれて、もはや主人たちの意に沿わぬものとなった。それこそが神に祝される道です。

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