2011年3月20日 の説教



 聖書

 マルコによる福音書 14章26~31節

説教要旨   「あなたがたは皆わたしにつまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊は散ってしまう』と書いてあるからだ。」マルコ14章27節の弟子たちに言われたイエス様の言葉です。この27節の引用にある旧約聖書ゼカリヤ書13章7‐9節は、剣が襲いかかって牧者を攻め、羊が散らされると預言しています。但し続く28節では再び弟子たちの先を行く牧者としてイエスはよみがえりを約束されています。

 『わたしは羊飼いを打つ』とは過酷な言葉ですが、それ(羊飼い)はイエス様の状況を示したもので「主イエス自らが迫害されて十字架にかけられ、殺される」ことを指しています。そもそもこれまで弟子たちに、自ら十字架にかけられ殺され三日目によみがえることを度々示されていた主イエスですが、そのたびに弟子たちには理解されなかった。そして主イエスの逮捕と十字架の磔刑を目前に見てちりぢりばらばらに逃げ出してしまった弟子たちは、躓き散らされる羊に見立てられています。この躓きこそはスカンダロン、英語のスキャンダルのもとになった言葉ですが、そもそも路上で歩みを阻む石を意味しています。

 「神への躓き」を示す主イエスに反論し、ペトロは「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」と言いました(30節)。更に「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」と力を込めて言い張ったと言います(31節)。皆の者も同じように言ったという。しかし主イエスは「はっきり言っておくが、あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」(30節)と指摘し、それは実際に見捨てて(50節)逃げまた、磔刑の現場で主イエスを知らぬ存ぜぬと否定し去った(66節)、しかも呪いの言葉さえ口にしながら、と(71節)。天国の鍵をかつて授かった者ペトロが呪いの言葉を口にする。これが私たち人間の現実と言わざるを得ない、弱さであり、切なさ悲しさがある。

 この神への躓きの後に私たちはどう神に向かい合うか。主イエスの十字架を前に逃げ出したその現実とともに、この十字架に再び向き合い、捉え直すことを聖書は求めています。ここに神様の、全ての者に対する招きがあるのです。

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