2011年3月20日 の説教



 聖書

 コリントの信徒への手紙一 15章20~28節

説教要旨   本日は、収穫感謝の礼拝です。聖書には植物のたとえがよく出てきます。

 たとえばマルコによる福音書4章30節には、からし種のたとえがあります。イエスは「神の国を何にたとえようか。・・・それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、・・・葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」ここでは、からし種は神の国にたとえられています。それは神に従い、神様の愛を中心に争い憎み合うことない平和な世界、それら全てが神様の導きによってなされることを望む世界を想像します。

 そういう神の国はイエス様の言葉では、私たちの心の中にあるという、その心にイエス様がからし種のような目に見えるか見えないかの小さな粒を蒔く。それが心の中で、イエス様の愛で育っていきます。やがて鳥が宿れるくらいに大きな木になるくらいに、神の国が私たちの心で育っていくのです。そういう神の国を私たちの中に育てていきましょう、というような意味があるのだと思います。

 さて、ヨハネによる福音書12章23-24節には、もう一つ、一粒の麦、というお話しが出てきます。イエスは「・・・一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」と言いました。ご自身がいよいよ十字架におかかりにならなければならないという手前で、イエス様はこのことを示しました。そこで一粒の麦にたとえておっしゃるのは自分自身のことです。

 植物は自分の子を種として用意すると共にその生成のために養分を使いつくして枯れて死んでいきます。この文脈を罪の赦しと救い、新しい存在へと私たちを生まれ変わらせるために、主イエスはご自身が犠牲となることをこの麦にたとえています。

 今日の箇所である、第一コリント15章20節の初穂という言葉には、イエス様の復活が示されています。

 「キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。」

 キリストの死からの復活において、神様からよみがえりの力を頂いたということは、死に打ち勝つ神の力を信じて、罪の闇と戦い、愛の神の救いの力を確信することを示しています。こうして私たちは主イエスの信仰に生きる希望を与えられているのです。

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