2011年3月20日 の説教



 聖書

 ローマの信徒への手紙 15章4~13節

説教要旨   今日の手紙は「かつて書かれた事柄は、すべてわたしたちを教え導くためのものです。それでわたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです」と書いています。

 主イエスと弟子たちが湖を舟で渡航していたおり、嵐に出会ったことがマルコによる福音書4章に出てきます。舟の艫で寝ているイエス様に助けを求めて弟子たちは、イエスを揺り起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言ったとあります。この40節で主イエスは「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」と言われた。

 こうした弟子たちの神への信頼度の低さが問われていますが、それは主を信じることが、具体的には信じて忍耐することを意味しています。弟子たち、翻ってはわれわれ人間の現実に対して、パウロは、聖書から忍耐と慰めを学ぶように、また「忍耐と慰めの源である神が、あなたがたに、キリスト・イエスに倣って互いに同じ思いを抱かせ、心を合わせ声をそろえて、わたしたちの主イエス・キリストの神であり、父である方をたたえる」心となるよう導いてくださいとの願いをもって手紙を書き綴っているのです。

 本日の手紙でパウロが言うことは、他者に対する忍耐というべきものです。「神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい。」お互いに受け入れあうことには、互いに相手に対する忍耐が必要となっていく。

 9節から始まる部分は、サムエル記(下)22:50、詩編18:49、117:1、申命記32:43、イザヤ書11:10からの引用と言われますが、異邦人とユダヤ人の間を架橋するパウロはこうした旧約聖書の文言によりユダヤ人への説得力を強めていたと思われます。もともと、イザヤ書11章は他国に散らされていたディアスポラのユダヤ人達を呼び集めるためのものでしたが、パウロは、主イエスにあってユダヤ人だけが特別なのではない。異邦人、全ての人々が救い主に望みをかけることができるのだと示しております。

 「異邦人はこの方に望みをかける」。それは主イエスが全ての人にとって救い主となられたためであり、「希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように」との祈りにつなげているものは、この救い主イエスにおいて、異邦人ユダヤ人との分け隔ての垣根を取り除く希望が、一人一人の信仰にある忍耐とともに導かれる、と示しています。

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