2011年3月20日 の説教



 聖書

 ルカによる福音書 9章10~17節

説教要旨   主イエスは聴衆に食事を供された本日の箇所ですが、まず14節を見ますと、五千人ほどいた男性と更に記述にはない女性をカウントするとたぶんその倍の一万ほどの人々を「五十人ぐらいずつ組にして座らせ」ました。

 マルコによる福音書では、6章37節で主イエスが弟子たちに「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と言われたのに対し「わたしたちが二百デナリオンものパンを買って来て、みんなに食べさせるのですか」と彼らは文句を言った。最近の分析によれば1デナリオンを現代に換算するとおよそ20ドルと見立ててここを計算すると4000ドル相当という話になりますが、弟子たちの見立てはどうも甘くこれではとても供しきれません。マルコでも6:39でイエス様は弟子たちに、皆を組に分けるように指示し、きちんと数を把握されようとしているのが分かり、イエス様の奇跡はあてずっぽうないい加減のものではないことがよく分かります。

 福音書のバックグラウンドにあった教会(例えばルカ教会)での実情として、食事の配分という、ある意味不平等の生じやすい事柄に当たってはきっちりと組の人数把握を平等にしていた事情を考えさせられます。

 初代教会では実際にそのようなことでトラブルが起き、使徒言行録6章では、日々の分配のことで、ギリシア語を話すユダヤ人から、仲間のやもめたちが軽んじられていると、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出ていました。主イエスの十二人の弟子たちは、食事の世話に関して自分たちはこれ以上負いきれないと判断し、更に七人この働きのために選ばせます。

 本日の5000人への供食では、残りが12籠、4000人への供食(マルコ8章1-10)では、残りが7籠ですが、食事の世話をする人々への数の一致とその変化は、12や7というユダヤにとっては聖なる数字の数合わせとしてだけでは捉えきれないものがあります。

 本当にこの分かち合い一つとりましても、人間の世界のことは難しいことがある中で、主イエスは弟子たちにこの残り12籠を託されたと読めるのではないでしょうか。つまりこの5000人のエピソードには続きがある。これから更に全ての人のためにあなたがたはこの12の籠を持って誠に喜び深い宣教の働きに遣わされていくのだと。熱い思いと心をもって、神様の祝福の恵みをすべての人々のために。

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