2011年3月20日 の説教



 聖書

 ルカによる福音書 10章17~24節

説教要旨   今日のルカ10章17節では、七十二人が意気揚々と帰って来る、というところから話が始まります。この人々は主イエスが派遣した人たちで、主御自身が行くつもりのすべての町や村に遣わされた(10:1)のでした。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ(10:3)とも言われていますが、平和の挨拶をもってして人々に宣教せよ、と。9節にありますように、「その町の病人をいやし、また、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい」とあります。病人をいやす力が権能として既に与えられているということで、今日の17節を見ると、「七十二人は喜んで帰って来て、こう言った。『主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します。』」とありますので、主イエスの名によって、病をいやしたり、悪霊を追い出したりとする力を主イエスはお許しになった。そうしてこの力を使うときに、彼らは主イエスの名によって、という言葉で行ったのでしょう。

 使徒言行録の3章6節を見ますと、使徒ペトロは「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と語って病人を癒やしています。この72人という人々の数については旧約聖書では民数記11章で、神がモーセに民の長老たち70人を呼び集めさせてモーセに授けてある霊の一部を取って、彼らに授け、モーセが負っていた民の重荷を共に負わせたという出来事があります。主イエスの負担もこうした協力者たちに聖霊の力を与えて共働者となし、宣教の業を前進させたのでしょう。使徒言行録の2章1-4節にはペンテコステの出来事が記されていますけれども、この場の一同にも予てから主イエスに約された聖霊の力が与えられています。

 この72人は癒しを行って、意気揚々と主イエスのところへ引き戻り、「主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します」と誇らしげでしたが、20節で主は、「しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」と示されました。むしろ本当に喜ぶべきことは、癒しを必要とする人を手助けした、ということゆえに、「あなたがたの名が天に書き記されていること」なのである、と。そしてこの働きは主イエスに由来し、神の宣教の業を主イエスによって見聞きしているあなたがたは幸いだと、23節で、主イエスは振り返って話しかけられました。主はそこでこの聖書を読む私たち一人一人に話しかけられるのです。

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