2011年3月20日 の説教



 聖書

 ヨハネによる福音書 14章23~27節

説教要旨          崔 亨 黙 牧師(翻訳・通訳 韓 亨 模)

 「平和を望むなら、戦争を準備せよ。」4世紀頃のローマ帝国の軍事著述家フラウィウス・ウェゲティウス・レナトゥス(Flavius Vegetius Renatus)の格言です。 「パックス・ロマーナ(ローマの平和)」を謳歌していたローマ帝国は、その格言に固執しました。そのローマの平和を守るために絶えず戦争の準備をしなければならなかったローマ帝国は、最終的に戦争費用の負担に耐えられず、崩壊してしまいました。

 それは、この東北アジアの現実を一見するだけですぐに知ることができるでしょう。軍事的同盟を強化して、最新の武器を導入して、先制攻撃戦略に立脚した軍事訓練を強化し、戦争をすることができる国へと法律を変えようと試みていますが、その結果は、緊張をさらに高めているだけです。その結果、北朝鮮は核開発を試みて軍事力を強化し、東北アジアの緊張がさらに強化されています。そして、その中で普通の人々の生活の平和が崩れているのです。

 しかし、これとは異なる信念、即ち「平和を望むなら、平和を準備しなさい。」という信仰の道をはじめからしっかりと歩んできた人々がいます。その道はまさに「キリストの平和」に従う道です。「わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。しかし、辯護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」この御言葉は、過去のその御言葉や、御言葉の意味が凝縮された過去の事件、すなわちイエス・キリストの言行を、聖霊が記憶するように助けてくれていて、その真実に従って生かされているというのです。事件についての記憶と、それが持つ意味に従って、実践する人生の可能性です。

 韓国の教会では、先週一週間、朝鮮戦争の記念週間として、南北間の和解と平和について胸に刻む機会を持ちました。今日は大田老会と京都教区が宣教協力関係を結んだことを記念する日韓共同祈祷主日です。これは過去の日韓間の不幸な歴史を記憶し、真の和解と平和について考える主日でもあります。このような記憶を媒介して過去の出来事は特定の時空間を越え、特定の対象を越えるものです。

 「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。」イエス様が「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。」と述べられた時、その平和は真の平和を意味しております。真の平和とは日常の生活の中で体感する平和です。心配する必要もなく、恐れる必要もない人生です。

 本当の生の平和というのはただ戦争のない状態ではなく、日常の生の平和を指します。聖霊がその道を私たちに絶えず思い起こさせて引導してくださるものと言われています。私たちがキリスト人になっていることという事実、この教会がキリストに従う共同体という事実は、どのように知ることができるのでしょうか。まさにその道に従うことを通じて知ることができるのです。その真実を心に刻む私たちになれますように願っております。

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