2011年3月20日 の説教



 聖書

 ヨハネの手紙Ⅰ 5章1~5節

説教要旨   私たち人間の社会では信頼関係は基本ですが、それが覆されるのもまた現実です。それは聖書の中でも「ユダの裏切り」に象徴的に現れ、これが主イエスの十字架への導因となっています。ユダの裏切りの動機も聖書では今ひとつの謎として残されており、金目当てだったとか(マタイ26:15)、彼が熱心党員でありイエスを王とする政治的野望が外れて失望し、内通したとか、ユダにサタンが入った(ヨハネ13:27)とか。いずれにしても、最後の晩餐の時には、既にイエス様はご自身が裏切られることを関知しておられた。人間の関係の中での信頼のありようは脆いものです。

 さて、本日の聖書では、神から生まれた者の愛ということを通して、私たちのありようを教えてくれます。「イエスがメシアであると信じる人は皆、神から生まれた者です。そして、生んでくださった方を愛する人は皆、その方から生まれた者をも愛します。このことから明らかなように、わたしたちが神を愛し、その掟を守るときはいつも、神の子供たちを愛します。(1-2節)」

 ここで愛と言われている言葉はアガペーというギリシア語です。このアガペーは、愛される価なき者を愛する愛とも解説され、神の愛を受けた罪人の告白としての主観的な表現ともなる。人間存在は罪深く、本来ならば裁かれ捨ておかれ滅びにいたるところを神に赦され受け入れられていることを知り、悔い改めの心をもって愛するというものです。人間お互いの信頼関係はこの神の愛を通して堅く揺るぎないものとなる。

 2-3節では神を愛することと伴って、神の掟を守るとの表現があります。かつて主イエスは律法の中で重要な教えを申命記6章4節やレビ記19章18節として示されましたが、そこには唯一の主である神を愛しなさいとの言葉と、自分自身を愛するように隣人を愛しなさいとの言葉がありました。愛の掟としては二つとも欠かすことの出来ない内容であり、この教えに具体的なことが伴ってくるものです。

 4-5節で、示されている「世に打ち勝つ信仰」のことが表されていますが、ここにある世にはコスモス(宇宙、調和)というギリシア語が記されています。しかしそれはあるべき調和が求められている世という言葉であるにも関わらず、人間が支配しているこの世の現状は、憎しみ争い、環境破壊であることを思います。互いの信頼関係とこの世を破壊していく人間のありように打ち勝つには、赦し愛する神への信仰をもち、愛の掟を守り示し通す私達のあり方が肝心なのです。

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