2011年3月20日 の説教



 聖書

ヨハネの黙示録 11章19~12章6節

説教要旨   本日のヨハネの黙示録11章19節には幻想的な光景が描かれています。天の神の神殿が開かれ、稲妻や轟音、雷、地震、大粒の雹が降るという、何か世の末を感じさせるような場面が起こり、その後「女と竜の戦い」と記される場面が展開する。  

 この女性は「身ごもっていたが、子を産む痛みと苦しみのため叫んでいた(12章2節)」という様子が出てきます。その一方で女の敵となる赤い竜が顕現する。「竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた(4節)。」さてこうなりますと、この女性には危機的状況がある。女性は「男の子を産み、…荒れ野へ逃げ込んだ。そこには、この女が千二百六十日の間養われるように、神の用意された場所があった(5-6節)。」

 さてこの場面をもって様々な象徴的解釈があります。赤い竜は西洋絵画の主題としては悪魔にたとえられ、子はイエスの誕生だと解釈され、子の命を狙っていることは、マタイによる福音書で東方の博士たちの星の顕現による占星術の結果として、救い主が生まれたとの出来事をヘロデがかぎつけ、その命を狙い、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させたという残虐非道な振る舞い(マタイ2章1-16節)を指している、と言われます。確かにこのようなヘロデの所業は、竜が子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。という黙示録12章4節の様相とよく似ているものがあります。けれども、神様はこの女性を守るのです。

 女性が逃げ込んだ荒れ野には彼女が千二百六十日の間養われるように神の用意された場所があったと。それは人間の欠けや痛み苦しみ、居場所のない人への神様の赦しと慈しみの示しとして描かれ、生きることのできる場所が全ての人々に与えられているということでもあります。

 マタイ2章13節からのところに、主の天使が夢でヨセフに現れてヘロデの追及を逃れてエジプトに逃げなさいとの示しがあり、一家は難を逃れた。そもそもマリアが聖霊によって身ごもったとき、ひそかに離縁しようとしたヨセフを思いとどまらせたのも、離縁されれば命さえ危うかったマリアに対する神の計らいでありました。神様はこうして痛み苦しみ、破れの中にあるものをかくまってくださる中で、新しい生きる力を与えてくださる方です。神様はひとりひとりを守り、その生きる尊さを与えてくださいます。ひとりひとりが愛されているのです。御子イエスの誕生がそれを教えて下さいます。

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